サラリーマンは会社を買うべきか?
今年話題になったビジネス書のひとつに事業再生・承継ファンド代表の三戸 政和氏が書いた「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」という本があります。この本がベストセラーになってからサラリーマンによるM&Aの問い合わせが増えているという話も聞きますので、相当インパクトのある本であったと思います。 私は、帯に書いてある堀江貴文氏の言葉「終身雇用は現代の奴隷制度」に惹かれて買いました。 さて、300万円で会社が買えるかどうかは別として、本当にサラリーマンは会社を買って資本家になれるのでしょうか? 著者は、大企業で管理職を務めた人であれば、会社のマネジメントの仕組みを一通り理解しているので、中小企業を経営することは可能である、という考えです。 一方で、「大企業のサラリーマンなんて組織の歯車で、ごく一部の職務を担っているだけなので、いきなり会社の経営などできるわけがない。中小企業の経営はそれほど甘くはない」という批判的な意見もあるようです。 この点に関しては、私は、どちらかというと著者の意見に賛成です。もちろん中小企業の経営を甘く見ているわけではあ

会社の価値はどうやって決まるか?(3)DCF法
中小企業のM&AにDCF法は向かない、ということがよく言われています。本当にそうでしょうか? 確かに日ごろから事業計画を作成している中小企業は少ないので、事業計画をもとに価値を算定するDCF法は向かないというのは一見もっともな議論にも聞こえます。 一方で、買い手の視点からすると、対象企業の事業の見通しもわからずに、事業を譲り受けるというのはあり得ない(あってはならない)ことだと思います。たとえ売り手が事業計画を作成していなかったとしても、入手した過去の財務諸表やデュー・ディリジェンスで得た事業の見通しをもとに買収後の事業計画を策定する必要があります。 また、売り手としても、買い手から提示される価格をうのみにするのではなく、自ら事業計画を立てて、これをもとに価格を交渉するくらいの姿勢をとるべきだと思います。 今後5年程度の事業計画があれば、これをもとにDCF法で事業価値を算定するこは可能です。 サンプル(DCFモデル)にあるような形で、営業利益からキャッシュ・フローを導きだし、それを一定の割引率で現在価値に割りもどすことで算定できます。 【DCF法

会社の価値はどうやって決まるか?(2)評価方法
M&Aにおける事業価値の評価方法には、三つの代表的な方法があります。 (1)インカム・アプローチ:DCF法(Discounted Cash Flow) 会社が将来生み出すキャッシュ・フローを算定し、これを一定の割引率(加重平均資本コスト)で現在価値へ割り引いて事業価値を評価するものです。DCF法で算定するのは、事業価値ですので、ここに余剰現金や投資用資産などの非事業資産を加算し、有利子負債を減算したものが株式価値です。 株式価値=事業価値+非事業資産-有利子負債 尚、DCF法で評価する際には、将来のキャッシュ・フローを評価する必要がありますので、事業計画の作成が必須です。通常3~5年程度の事業計画を作成した上で、計画最終年のキャッシュ・フローが計画期間後も永続するという前提で算定します。これは企業がゴーイング・コンサーン(無期限に事業を継続するものであるという前提)であるという考えからくるものです。何等かの事業により(プロジェクトの終息など)で事業の継続が見込まれない場合には、永続前提で評価を行わない場合もあります。 また、将来のキャッシュ・フロ

会社の価値はどうやって決まるか?(1)
M&Aにおける会社の価値はどのようにして決まるのでしょうか? まずは会社の価値を議論するときに使われる三つの価値を理解しましょう。 (1)事業価値
対象事業が将来にわたって生み出す経済的価値の合計のことで、算定方法としては(将来のキャッシュフロー)の総和を割引現在価値で表したものです。DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法によって算出されます。 (2)企業価値 事業価値に非事業用資産(遊休不動産や余剰現預金など)を加えたものです。 ここで現預金について注意しなければならないのは、現預金の内、事業の運転資金として必要なものについては、事業資産として扱われるということです。(実際のM&Aの交渉ではどこまでが必要運転資金でどこからが余剰現預金であるか、ということが良く議論になります。) (3)株式価値 企業価値から有利子負債を差し引いたものです。 したがって、株式で会社を譲渡する際の対価である株式価額は、以下の算式で決まります。 株式価値= 事業価値+非事業用資産-有利子負債 株式価値は、会社が将来生み出す経済価値(=事業価値)に事業で使

のれん代とは何か?
最近、M&Aにおけるのれん代が話題となることが多くなったように感じます。 一つは、RIZAPのM&Aにおける「負ののれん」の話。もう一つは国際会計基準におけるのれんの取り扱いの再検討に関する話題です。 (1)のれん代(Goodwill)とは のれん代とは、M&Aの際に買い手が支払う譲渡価額と対象企業の純資産(簿価)との差額をいいます。上場企業の株価が純資産の金額を大きく上回ることは一般的な話です。これは会計上財務諸表には現わせない企業の価値(ブランド、顧客との関係、従業員のノウハウなどの知的資産による将来の収益力)が株式時価総額に反映されているからです。同様に非上場企業のM&Aにおいても対象会社の株式価値は、赤字企業でもない限り純資産を上回るのが一般的です。この純資産との差額をのれん代として会計上計上し、一定期間(日本の会計基準では20年以下)で毎年償却していきます。 (2)RIZAPにおける負ののれん RIZAPのように、赤字企業を純資産以下の金額で買収するとのれん代がマイナス(負ののれん)となります。負ののれん代は、日本の会計基準でもRIZA

議決権の話
連日のように日産・ルノーの話題がメディアを賑わせていますが、今後の両者の提携関係がどうなるかという点を考える際に、議決権の話は避けて通れません。1999年に資本提携を行った際には、今回のような事態は当然、想定はしていなかったでしょうが、資本提携(日産・ルノーの場合は、少数持ち分の取得・持合い)やM&Aを考える場合、先のことも考えて、どこまでの議決権を保有すべきかという点を慎重に検討する必要があります。 日産・ルノーのケースですと、ルノーは日産の43%の株式を保有しているので、単独では株主総会の普通決議を通すことはできません。一方で特別決議には2/3の議決権が必要ですので、ルノーは特別決議を単独で阻止することが可能です。したがって、取締役の選任・解任や剰余金の配当などの普通決議は単独では通すことはできないが、定款変更や合併・分割などの特別決議については単独で阻止することができるということです。一方で、仮に日産がルノーの持ち株比率を現在の15%から25%以上まで増やした場合には、「相互保有株式の議決権停止」となり、ルノーが保有する43%の株式は議決権

デュー・ディリジェンスを受ける側の対応
第三者への事業承継(M&A)に際して、買い手候補との株式(事業)譲渡契約の締結に先立って、買い手候補からのデュー・ディリジェンス(Due Diligence)を受けることになります。Due Diligenceとは、due(当然の、正当な)、diligence(注意、配慮)、すなわち、買い手側が事業を譲り受けるに際して「払うべき必要な注意」を意味します。このため、「事前詳細調査」、「買収監査」など訳されることもありますが、あまり適切な日本語訳はないので、英語のままデュー・ディリジェンスと言われたり、発音しづらいので、略してデュー・デリとかDDとか言われることもあります。 デュー・ディリジェンスの対象範囲 「会社を買う」という行為に対して「必要な注意を払う」ということですので、会社の存在そのものから事業活動に関するものまで、ありとあらゆるものが含まれます。実務上は、以下の3つの専門領域で調査を行うケースが多いでしょう。 (1)財務デュー・ディリジェンス 主に、公認会計士、税理士が担当します。会社の決算処理や税務申告が適正に行われているかどうか、実態財

会社を高く売るには(2)
「会社を高く売る」という視点とは少し外れますが、売り手にとっては、実際の手取り金額を増やすことができれば、結果として「高く売れた」ことになります。 オーナー経営者が第三者への事業承継に伴って会社の所有権を移転する場合には、株式の譲渡対価と役員退職金という二つの対価の受け取り方法があります。この二つを組み合わせることによって、実質的な譲渡対価を引き上げることが可能です。 役員退職金は適切に支払われる限りにおいて、会社の損金に算入することができますので、繰越欠損金の税効果によって会社の将来キャッシュフローを増加させる可能性があります。この増加したキャッシュフローは買い手(厳密には買い手が所有することになって対象会社)が受け取りますので、この分を価格に上乗せする交渉も可能です。 また、役員退職金を受け取る現経営者にとっては、退職金の税負担が株式譲渡益に比して軽いことにより、実際の手取り額が増える可能性があります。 (退職所得に係る税負担は、退職所得控除を行った上で、その2分の1が課税退職所得金額となり、また他の所得と分離して課税されるなど税負担が軽くな

会社を高く売るには(1)
親族内で事業を承継する場合には、会社の株式は贈与あるいは遺贈という形で後継者へ譲渡されるため、株式の評価は贈与税や相続税の課税価格の算定のためのものです。税務上の株式の評価方法は国税庁が定める方式で決まっており、会社規模に応じて、会社の利益、純資産、配当などをもとに算定されます。 一方で、第三者へM&Aによって株式を譲渡する場合の譲渡価額は、売り手と買い手との間の交渉で決まります。第三者との取引においては、理論上はインカムアプローチ、コスト・アプローチ、マーケット・アプローチといった代表的な算定方法があり、通常はこれらの方式から、複数の方法で算定した上で、買い手側は価格の目途をつけます。 但し、これはあくまで買い手の希望価格であり、実際には、交渉によって双方が合意できる落としどころを探ることになります。 それでは、親族外の事業承継を行う経営者はどのようにして、この価格をできるだけ引き上げることができるのでしょうか? ポイントは、3点あります。 (1)売却前に会社の磨き上げを行い、価値を高める (2)複数の買い手候補にあたってみる (3)良い専門家

買い手候補を探す
第三者事業承継(M&A)による事業承継を行う場合には、必ずしも買い手候補は同業者である必要はありません。では、具体的にどのようなパターンが考えられるでしょうか? 大別して以下の3パターンがあります。 事業承継を行う売り手側経営者はできるだけ高い価値をつけて欲しいと考えるでしょうから、買い手候補を探す際にもこの点を考慮して、どのような相手だとより高い価値を見出してくれるかという視点が重要です。もちろん、魅力ある事業、儲かる事業であれば高値でも譲り受けたいと考える企業はたくさんあるでしょうが、すべての企業が好条件を備えているわけではありません。 一方で、買い手の視点からすると、M&Aによって目指す戦略がそれぞれ異なっています。大きく分けて上記の3つのパターン(買い手にとってのM&A戦略)が考えられます。 (1)同業者 同業者が目指す戦略は、まずは規模拡大による効果(規模の経済)です。調達品の発注金額増加に伴い仕入れ価格の値下げ交渉力が増す可能性があります。また、製造業ですと大量生産により設備稼働率を向上させ、コストダウンが可能になる可能性があります。
